適応障害で退職、そして転職へ

40代、元システムエンジニアの日記です。 適応障害、転職活動など日々のことを書いています。

【志望動機を書くために】仕事での不満の整理

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転職スカウトの返信に記載する「転職の志望動機」がうまくまとまらない。考えた結果、その原因は過去の仕事での不満を整理できていないことかもしれない。そこで過去の仕事を振り返り、仕事の不満を整理してみる。

*見出しのカッコ内は従事していた期間

不満の整理

入社して「いきなりひとり客先常駐」(1998/4 ~ 2015/3)

担当システムは小規模で、主にひとりで開発。スキルは、最初の5年ぐらいの間は伸びていた。この頃がいちばん充実感を感じていた時期だと思う。

その後はだんだん運用・保守の比重が大きくなり、新しいことに触れる機会は少なくなった。スキルアップは望めない環境だがそこから脱する方法を知らないし、現場で必要とされていたので我慢するしかないと割り切っていた。

契約期間中に客先の大きな組織変更があったが、担当業務に大きな変更は無かった。終盤は開発業務がほとんど無くなり、端末設置やトラブル対応が主な仕事になった。
給料が上がらず税金だけは上がるので手取りが減る。それを補うために食費を切り詰めてストレスが溜まる。

空いた時間に勉強して応用情報技術者試験を取ったのは良かったと思う。ネットワークスペシャリストも受験したが駄目だった。思っていたより深い知識が必要で、ネットワークの実務経験がない自分には歯が立たなかった。

最初で最後の本社勤務(2015/4 ~ 2017/5)

本社に戻ったら給料が2万円減少。常駐契約が切れたのは客先のコストカットのためだと思っていたが、もしかしたら自分に問題があったのかもしれない。

本社ではサーバ・ネットワーク構築を担当した。インフラ経験は無かったので、ネットを駆使して調べながら構築する。成果物に問題は特になかったが「この方法で正しいのだろうか?」といつも不安だった。
その不安を上司に話しても「問題起きてないんだから大丈夫だろ?」で終わった。そういう不安とかアーキテクチャの話ができる人が欲しかった。

試行錯誤しながら構築して、欲しい結果が得られたときは嬉しかった。

客先常駐2(2017/6 ~ 2018/5)

業務の理解が不足している状態で、既存システム改修を担当することになってしまった。経験のない言語だったが、そこは家で勉強することで補った。補えなかったのは既存システムの知識。修正箇所の影響が自分の知らないところに出てしまいそうで不安だった。
その不安を相談できる人が欲しかった。

常駐先のユーザに言われた一言
「余計なことしないで言われたことだけやってればいいんだよ」
トラブル対応のメールをやり取りする中で、僕の書いたメールに癇に障る部分があったようだ。この後、メールを書くのにより気を遣うようになりメールを書くのが遅くなった。

転職先に望むもの

困ったときに相談できる人がいる

最初の常駐先では自分で開発したものを自分で運用・保守していたので、相談できる人はあまり必要なかった。必要になっても常駐先の頼れる社員さんが相談に乗ってくれるので不安はなかった。

初めてのことにチャレンジすると必ず判断に迷う場面があると思うので、そのときに相談できる人が欲しい。

新たに習得したスキルを試せる環境

保守・運用など同じことが延々と続く環境では、使うかどうかわからないスキルを習得するモチベーションを維持するのは難しい。スキルをのばしていくために、新たに習得したスキルを試せる環境が欲しい。

最後に

転職の志望動機を書く上でポイントになるものは見つけられたと思う。ここは通過点なので目的の志望動機を書かなければ。

副産物

自分のスキルに自信は持てないが、改めて過去を振り返ってみるとそれなりに仕事をこなしていたことがわかった。