適応障害で退職、そして転職へ

40代、元システムエンジニアの日記です。 適応障害、転職活動など日々のことを書いています。

自分に自信が持てなくなった原因を探る

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昔はこんなんじゃなかった。仕事にすごく自信があったわけじゃないけど、やればなんとかなると思えてた。それがいつの間にか「出来なかったらどうしよう」「間違っていたらどうしよう」ということばかり考えるようになってしまった。

詳しくないシステムを仕事で扱うのが不安になった。詳しくなれば不安から解消されると思い、それについて勉強したが不安は解消されなかった。勉強したことが浅く見え、自分に知識がついたと思えなかった。

なぜ自分に自信が持てなくなったのだろう?なぜ自分を信用できなくなったのだろう?変わってしまった原因がわかれば対処できるかもしれない。

 

過去を振り返ってみる

変わってしまった原因は過去にあるかもしれない。それを探すために過去を振り返って、思いつくままに書いてみる。

入社してすぐに客先常駐

SE未経験で研修もなく、入社初日から客先に常駐した。常駐先の担当社員さんにすごくお世話になった。今考えると、この人は自分のメンターの1人だと思う。
常駐先には、自分よりひと回りぐらい年上のパートタイマーの人が多く在籍していた。物おじしなかったので、その人たちとざっくばらんに話せていた。また、それなりにかわいがられていたと思う。

仕事にだいぶ慣れた

いくつかシステムを開発し、仕事にも慣れてきた。業務知識も習得した。常駐先の評価も良かったと思う。

スキルの伸び悩みを感じる

開発環境に変化がなくなった。運用作業が増えた。新しいことに触れる機会が減り、スキルの伸び悩みを感じた。自分の任務は業務を回すことなので、スキルが伸びないことは我慢した。

客先の組織改編で仲間が増えた

客先システム子会社のメンバーとその協力会社メンバーが、常駐先に引っ越してきた。年齢が近かったので、打ち解けるまであまり時間はかからなかった。メンバーと連携しての開発経験が少なかったので、慣れるのに少し時間がかかった。ドキュメントの書き方は、このとき身に付けたと思う。飲み会や出張が楽しかったな。
お世話になった担当社員さんが異動し、代わりの人が着任した。この人にもすごくお世話になった。この人も自分のメンターの1人だと思う。

客先常駐の契約終了

業務が減り、協力会社メンバーが減り始めた。客先システム子会社のメンバーは席が別拠点に移り、自分はひとりでいることが増えた。自分の担当業務も徐々に減り、17年間続いた客先常駐の契約が終了した。最後はあっけないものだったな。

本社に戻り慣れない業務

本社に戻ってインフラ関係の業務に携わった。わからないことが多くて思うように仕事が進まなかった。ひとつ理解すると、ひとつわからないことが出てきた。それを調べるのにまた時間がかかってしまう。インフラの知識があればこんなに苦労しないんだろうな。もっと勉強しておけばよかった。
本社に戻って給料が下がった。食費をこれ以上削るのは難しいので、趣味をあきらめるしかない。

転職しようと思った

1か月たったがインフラ業務に慣れなかった。なんとなく理解している状態で設計するのがミスしそうで辛い。気軽に質問できる人がいないので、頼れるのはGoogle検索だけ。
転職経験がある友達に転職の相談をしたが、自分が思っていた以上に転職は難しそうだった。自分には転職で武器になるスキルがなかった。
ストレスに耐えられなくなって、上司に退職したいと申し出た。なんとなく理解している状態で業務を続けるのが辛かった。上司に仕事の内容は問題ないと慰留された。考えた結果、出社できるうちは退職を保留することにした。

達成感・成長感を感じない

Google検索を頼りにインフラ業務を続けた。割り当てられた業務は出来ること前提だったので、失敗しないことを優先して進めた。仕事はこなせていたが、達成感・成長感は感じられなかった。知識が不足している状態で、失敗できないプレッシャーが辛かった。

新しい常駐先に馴染めなかった

新しい現場に常駐した。常駐先の担当社員とコミュニケーションが取れなかった。その人が何を考えているか良くわからなかった。
1か月間の引継ぎがあったが、業務についてわからないところが残ってしまった。仕事の合間に引継ぎ資料を読んだが、わからないところを解消することが出来なかった。

下痢が続く

新しい現場に常駐して1か月が経ったころ、食事をすると下痢になった。普通の食事をすると下痢になるので、お腹に優しそうなものしか食べれなくなった。打ち合わせの最中にお腹が痛くなるのが怖くて、午後に打ち合わせがある日はお昼を食べるのが億劫だった。

ユーザに怒鳴られる

問い合わせの返信内容がユーザの気分を害し、電話で怒鳴られた。そのユーザはメール送れず困っていた。その原因は自分に無かったが、説明してもわかってもらえそうになかったので、黙って怒られた。説明が上手ければ怒鳴られるのを避けられたのだろうか。ヘルプデスク業務は自分に向いてないかもしれない。

頼れる人がいなかった

業務変更に対応するためアプリの修正が必要になった。アプリ修正担当になったが業務で不明点があり、どのように修正すればよいか判断できなかった。業務の不明点を解消するために頼れる人がいなかった。

出社できなくなる

朝起きて、仕事のことを考えるととても不安だった。出社すると何か失敗しそうで、出社するのが怖くなった。
近くの病院の心療内科を受診したら、適応障害と診断された。診断書を会社へ提出し1か月休職した。

上司と面談が辛かった

休職中に上司と面談した。理由を根掘り葉掘り聞かれたので、ていねいに説明したが「そんなこと気にするな、大丈夫だ」と何度も言われた。理解してもらうことをあきらめ、面談が早く終わることを願った。また復職しても環境は変わらないと思った。

退職しました

休職後、退職した。同じ環境に復職したら適応障害が再発すると思った。

【原因】自己肯定感が低くなったため

最初の常駐先では褒められることが多く、それを素直に受け取れていた。またシステム担当として頼りにされていた。契約終了が決まったとき、担当社員さんは別れを惜しんでくれた。

おかしくなったのは本社に戻ってからだと思う。上司に馬鹿にされたと感じることがあった。自分が長所だと思っていた部分を否定された。仕事ぶりを褒められることもあったが、素直に受け取ることができなかった。
この時点で自己肯定感が低くなっていたと思う。原因が見えてほっとした。